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浦和地方裁判所 昭和31年(ワ)31号 判決

原告 阿部成美 外一名

被告 高橋あき

主文

被告より原告等に対する浦和地方裁判所昭和二七年(ワ)第二一〇号建物収去土地明渡請求事件判決の主文第一項に基く強制執行はその主文第一項において「本件原告成美は本件被告に対し川口市本町三丁目六三番地の二所在木造亜鉛葺二階建店舗兼住宅一棟建坪二〇坪五合三勺外二階一五坪の建物(但し別紙図面斜線部分を除く)を収去してその敷地二二坪八合五勺を明渡せ」とあるを本件原告成美は前記建物から退去してその敷地二二坪八合五勺を本件被告に明渡せという範囲を超えた部分についてはこれを許さない。

原告等のその余の請求はこれを棄却する。

訴訟費用は原告藤三郎と被告との間においては全部原告藤三郎の負担とし、原告成美と被告との間においては原告成美について生じた費用を三分しその一を被告の負担としその余の費用は各自負担とする。

当裁判所が昭和三一年二月二〇日なした強制執行停止決定はこれを認可する。

前項に限り仮に執行することができる。

事実

原告両名訴訟代理人は「被告より原告等に対する浦和地方裁判所昭和二七年(ワ)第二一〇号建物収去土地明渡請求事件の執行力ある判決に基く強制執行は許さない。訴訟費用は被告の負担とする」との判決を求め、その請求の原因として

(一)  被告は昭和二七年一〇月一七日、浦和地方裁判所へ、被告は川口市本町三丁目六三番地の二宅地三八坪一勺の所有者として、所有権に基いて、原告成美は右土地上に存する木造亜鉛葺二階建店舗兼住宅一棟建坪二〇坪五合三勺外二階十五坪(登記簿上の表示は家屋番号同所一一九番の九、木造亜鉛メツキ鋼板葺二階建事務所食堂寄宿舎一棟建坪一九坪七合五勺外二階一五坪以下本件建物と称す)の所有者として、原告藤三郎は本件建物の居住者として、いずれも何等の権原なくしてその敷地たる右宅地のうち二二坪八合五勺(以下本件土地と称す)を不法に占有しておるものとして原告成美に対しては本件建物を収去して本件土地の明渡しを、原告藤三郎に対しては本件建物から退去して本件土地の明渡しを求める訴を提起し、同裁判所は昭和二七年(ワ)第二一〇号建物収去土地明渡請求事件として審理し、同二九年七月三日「被告阿部成美(本件原告)は原告(本件被告)に対し本件建物(但し別紙図面斜線部分を除く)を収去してその敷地二二坪八合五勺を明渡せ。被告阿部藤三郎(本件原告)は原告(本件被告)に対し右建物から退去してその敷地二二坪八合五勺を明渡せ。訴訟費用は被告等の負担とする。この判決は原告(本件被告)は被告阿部成美(本件原告)のために金二〇万円、被告阿部藤三郎(本件原告)のために金五万円を供するときはそれぞれ仮に執行することができる。」との判決を言渡し、右判決に対し原告等が控訴し、東京高等裁判所において同三〇年四月二五日控訴棄却の判決がなされ、原告等が上告して最高裁判所において同三〇年一二月二二日上告棄却の判決がなされ、同日前記浦和地方裁判所の判決が確定した。

(二)  本件土地二二坪八合五勺を含む三八坪一勺は大正元年頃から訴外芝崎平四郎の所有であつたが、昭和九年一二月一日右芝崎平四郎から訴外高徳伝八郎に、同一三年一二月二三日右高徳伝八郎から訴外芝崎志知に、同二五年二月二一日(同日登記)右芝崎志知から被告に順次所有権が移転され現在被告の所有するものである。而して、右芝崎平四郎は大正三年八月一日訴外青木長五郎に対し前記三八坪一勺(宅地当時川口町宇谷中一六一七番の二、一二坪であつたが、反別増加で宅地三九坪九合となり、昭和一〇年七月五日地番も現在通りとなり、同一一年一二月一九日分割により現在の宅地三八坪一勺となつた)に、隣地川口市本町三丁目六三番地の一、田四畝六歩(地番は当時川口町字谷中一六一七番の一であつたが、現在は右の通りに地番が変更された。なお坪数も後に地目変換減坪して宅地一二六坪となり、更に一〇八坪五合となり又、一四七坪七合三勺となり、最後に五三坪二合一勺となつた)の一部を合せて一〇八坪六合について建物を所有するの目的で、存続期間七年(ただし、この期間は当事者の合意により度々更新され、昭和九年八月一日借地法により右期間は同三九年七月三一日まで延長された)、賃料一ケ月坪二銭の割合で(ただし、この賃料も数回増額されて、同二四年一月分から当時の所有者芝崎志知との間で一ケ月坪五百円に増額された)毎月末払の約束で賃貸し、右青木長五郎の賃借権は登記しないが、同人は右地上に木造ブリキ板葺平家建機械工場一棟建坪五五坪を建築し、昭和三年六月八日右建物の保存登記をしたので建物保護に関する法律により賃借権を第三者に対抗し得るに至つた。その後訴外合資会社青木鉄工所(昭和六年一二月二〇日設立)が昭和六年一二月二〇日右青木長五郎から右工場建物を前記一〇八坪六合の賃借権と共に譲受け、当時の地主芝崎志知から賃借権の譲渡の承諾を受け、昭和一四年一〇月頃本件土地二二坪八合五勺上に右工場建物の附属建物として本件建物(但し厳格には本件建物建坪一九坪七合五勺のうち一八坪二合五勺が本件土地上に、建坪一坪五合は川口市本町三丁目六三番地ノ三上に)を新築し、昭和二四年八月一七日所有権の保存登記をなした。従つて、この土地について建物保護に関する法律により賃借権を第三者に対抗し得るに至つた。

次で原告成美は昭和二四年一一月二七日右合資会社青木鉄工所から本件建物を買受け、かつその敷地である本件土地の賃借権を譲受け、同年一二月三一日その引渡を受け、昭和二五年二月三日家族と共に本件建物に居住し同年四月一二日所有権移転登記をなし被告藤三郎は被告成美所有の本件建物に同人と同居しているものである。

被告は原告成美が本件建物の所有権取得の後である昭和二五年二月二一日右芝崎志知から本件土地を含む川口市本町三丁目六三番の二宅地三八坪一勺を買受けて所有権を取得し、同日所有権移転登記をなし、右芝崎志知の本件土地に関する権利義務を承継したものであるが被告は右賃借権譲渡を承諾しないから、原告成美は昭和三一年一月二七日附内容証明郵便で被告に対し時価を以て本件建物を買取られたい旨の意思表示をなし、右書面は翌二八日被告に送達されたので、買取請求権行使の結果として原告成美と被告との間には本件建物の右買取請求権行使の際の時価による売買契約が成立したと同一の法律上の効果が生じ同日以後は本件建物所有権は被告に移転し、原告成美は本件建物及び後記の工作物の収去義務はなく且つ明渡し義務も時価代金の支払あるまで、原告成美は留置権を有するものであつて、原告藤三郎は原告成美の承諾の下に本件建物に共同生活し時計店を営んでおるのであるから適法なる占有権限を有するものである。

而して買取請求権を求めたのは本件建物及びその他の工作物を含めているがその範囲は次の通りである。(一)原告成美所有の本件建物の一部は同所六三番地の三地上に跨る部分一坪五合も買取請求の客体である。何となれば、右部分は本件建物と同時に新築されたもので本件建物の一部であり而も僅か一坪五合に過ぎないからこの部分のみ独立して所有権の目的となり得ないばかりでなく、便所と物置であるから独立した利用にも堪えないのであるから原告成美はこの部分についても買取請求権を行使し得る。(二)本件建物には原告成美において増改築した階下約三坪を含んでおるが、右部分は本件建物建坪延三四坪七合五勺に対して面積極めて僅少で従前の建物と一体をなし、右建物の効用は著しく増加しており、これを撤去することは甚だ困難であるのでこれも原告成美のなした買取請求の客体となる。(三)更に、(イ)本件土地に埋土、盛土した土積。(ロ)本件隣地たる川口市本町三丁目六三番地の三所在の井戸及びその設備の三分の一の使用権。(ハ)同所所在の右井戸からの共同下水溝設備。(ニ)本件建物の西南隅に設置してある水流場から本件建物の南側及び東側を通つて(ハ)の下水道に達する長さ約十間の下水道設備も原告成美のなした買取請求の客体となる。何となれば(イ)は訴外青木長五郎及び合資会社青木鉄工所がもと田であつた本件土地を現状の如き宅地となすために埋土、盛土したので原告成美が買受けたものであり、(ロ)は合資会社青木鉄工所が設備し原告成美がその三分の一の持分の使用権を譲受けたものであり、(ハ)及(ニ)も右訴外人が設備したものを原告成美が譲受けたものである。而して右買取請求の客体全部の合計時価は金二百五十七万円である。右時価が金二百五十七万円であることを被告は昭和三十三年四月十五日承諾したものである。

よつて右浦和地方裁判所昭和二七年(ワ)第二一〇号建物収去土地明渡請求事件の判決の執行力の排除を求めるため本訴請求に及んだと陳述し、

被告の抗弁事実はすべて争う。

原告成美が浦和地方裁判所昭和二七年(ワ)第二一〇号建物収去土地明渡請求事件において買取請求権を行使しなかつたことは認めるけれども原告成美は同事件において本件土地について地上権を主張し、もしこれが賃借権であるとしても賃借権の譲渡について地主の承諾ありと確信していたため本件建物の買取請求権を行使しなかつたものであるが、既判力の標準時後に形成権が行使された場合には民事訴訟法第五四五条第二項にいわゆる口頭弁論終結後に異議原因が生じたことになると解すべきで、右建物土地明渡請求事件の判決の既判力は原告成美の買取請求権には及ばないのであるから、右判決が確定したからと言つて原告成美が、右事件の口頭弁論の終結後、本件建物の買取請求権を行使して本訴を提起することを妨げるものでもないし、既判力の標準時前に形成権を行使する法律上の障害がない限り既判力の標準時後の行使は許されないとする見解をとつても、原告成美は右事件において本件土地について「地上権を主張し、もしこれが賃借権であるとしても賃借権の譲渡について」地主の承諾ありと確信していたのであり、これは法律上の障害に該るから本訴において買取請求権の行使は許される。(三)又右判決確定後において買取請求権を行使するも権利の濫用となるものではないと述べ

立証として、甲第一号証、第二、三号証の各一、二、第四ないし第一四号証を提出し、鑑定人川口長助の鑑定の結果(第一、二回)を援用し、原告藤三郎の本人尋問を求め、乙第一号証の成立を認めた。

被告訴訟代理人は原告の請求を棄却する。訴訟費用は原告等の負担とするとの判決を求め、答弁として、

原告主張事実中原告等主張の如く、被告の原告等に対する浦和地方裁判所のなした同庁昭和二七年(ワ)第二一〇号建物収去土地明渡請求事件の判決が確定したこと、被告は本件土地を訴外芝崎志知から昭和二五年二月二一日買受け、同日所有権移転登記をなしたこと、訴外青木長五郎が、元地主芝崎平四郎から本件土地を賃借していたこと、本件建物について昭和二四年八月一七日訴外合資会社青木鉄工所の所有権の保存登記がなされたこと、被告成美が、昭和二五年四月一二日訴外合資会社青木鉄工所から本件建物の所有権の譲渡を受けた旨の取得登記をなし、被告等が本件建物内に同居し時計商を営んでいること被告が原告成美に対し賃借権の譲渡の承諾をしていないことは認めるが、その余の事実はすべて争う。

仮りに買取請求権が認めらるべきであるとするも原告成美は買取請求権の行使を遅くとも前記浦和地方裁判所昭和二七年(ワ)第二一〇号建物収去土地明渡請求事件の第二審である東京高等裁判所における最終の口頭弁論期日までになすべきであるのに、原告成美はこれをなさないのである。何となれば建物収去土地明渡請求事件において買取請求権の行使は抗弁として提出し得べき攻撃防御方法であつて右判決確定後はこれを行使し得ないものと解すべきである。もし、本件の如く建物収去土地明渡請求事件が上告棄却によつて確定後においてもなおこれが許され本訴の如き請求異議が許容せられるものとすれば、建物収去土地明渡請求事件において確定判決があるも更に請求異議の訴訟が提起され更に三審を経て確定するのでなければ判決の効力を発生することができないことになつて不合理極まる結果を来すのである。建物収去土地明渡請求事件の判決の既判力は買取請求権行使の効果たる法律関係に及ばないとの見解は建物収去土地明渡請求事件において買取請求権を行使しないことを条件とする条件附判決を予定するものであつて牽強附会の理論といわなければならない。

右の如き不合理な結果を生ずるのみならず民事訴訟法第五四五条第二項に抵触する。何となれば同項によれば請求異議の訴の原因は、異議を主張することを要する口頭弁論の終結後に生じたものであることを要するのに本訴の原因、すなわち地主の不承諾は浦和地方裁判所昭和二七年(ワ)第二一〇号事件において既に明かであつたのである。右事件の判決において地主の不承諾を原因として土地明渡請求が認容されたのに本訴においては地主の不承諾を原因として買取請求権の行使が認容されるとせば、同一原因事実について判示しながら、二個の訴訟が確定するまで先行の判決の執行は停止されると言う不条理を生ずるのであつて、かかることは法律上許されない。買取請求権が形成権であるからと言つて、口頭弁論終結后に生じた事由とはその行使の時によつて決するのではなく、形成権を行使し得べき状態にあつたか否かによつて決すべきであるから、買取請求権の行使が口頭弁論の終結后であるからと言つて異議原因となし得るものではない。

仮りに然らずとするも、原告は前記訴訟において屡次和解を勧告されながら自己の申請した鑑定の結果をも無視して法外の買取値段を主張し強いて買取請求権の行使を拒否して来たものであり、而も前審において通常この種の事件においてなされるが如く予備的に買取請求権を行使して留置権を主張し得たのに拘らず、第一審において敗訴しながら第二審においてもこれを行使しないで、右判決確定後に買取請求権を行使し本訴を提起し留置権の主張をなし而もなお、時価代金を明示しないで裁判所を煩わすが如きは権利濫用であつて許されないと言わねばならない。

と述べ

立証として乙第一号証を提出し、甲第一ないし第一二号証の成立を認め、甲第一三、一四号の成立は不知と答えた。

理由

被告が浦和地方裁判所に被告は川口市本町三丁目六三番地の二宅地三八坪一勺の所有者として所有権に基いて、原告成美が右地上の本件建物を所有し、原告藤三郎は本件建物の居住者として、いずれも何等の権原なくてその敷地たる右宅地のうちの本件土地を不法に占有するものとして原告成美に対しては本件建物を収去して本件土地の明渡しを、原告藤三郎に対しては本件建物から退去して本件土地の明渡しを求める訴を提起し、同裁判所は昭和二七年(ワ)第二一〇号建物収去土地明渡請求事件として審理し同二九年七月三日「被告阿部成美(本件原告)は原告(本件被告)に対し本件建物(但し別紙図面斜線部分を除く)を収去してその敷地二二坪八合五勺を明渡せ。被告阿部藤三郎(本件原告)は原告(本件被告)に対し右建物から退去してその敷地二二坪八合五勺を明渡せ訴訟費用は被告等の負担とする。この判決は原告(本件被告)は原告阿部成美(本件原告)のために金二〇万円、被告阿部藤三郎(本件原告)のため金五万円を供するときはそれぞれ仮に執行することができる」との判決を言渡し、原告主張のような経緯で右判決が同三〇年一二月二二日確定したことは当事者間に争がなく、又被告が昭和二五年二月一一日訴外芝崎志知から本件土地を含む土地三八坪一勺を買受けてその所有権を取得し、同日その旨の登記をなしたこと、原告成美が本件土地の上に本件建物を所有して本件土地を占有していること、原告藤三郎が右建物内に居住して本件土地を占有していること及び訴外青木長五郎が本件土地の元地主芝崎平四郎が本件土地を賃借していたこと、本件建物について昭和二四年八月一七日訴外合資会社青木鉄工所のため所有権保存登記がなされたこと、原告成美が昭和二五年四月一二日訴外会社から本件建物の所有権の譲渡を受けその取得登記をなしたことを当事者間に争がない。

而して成立に争のない甲第八号証によれば、本件土地は訴外芝崎平四郎から、昭和九年一一月六日浦和地方裁判所の競落許可決定により訴外高徳伝八郎が所有権を取得し同年一二月一日その旨の登記がなされ、昭和一三年一二月二三日訴外芝崎志知(被告の前主)売買に因り所有権を取得し同日その旨の登記がなされていること、成立に争のない甲第一号証甲第四号証と口頭弁論の全趣旨をあわせ被告の前主芝崎志知と訴外合資会社青木鉄工所の間にも本件土地について建物所有の目的で一ケ月賃料五百円毎月末払いの約で期間の定めのない賃貸借が存在していたことが認められる。

而して成立に争のない甲第六号証によれば原告成美は昭和二五年四月一二日の売買によつて本件建物の所有権を取得したものであることが認められて他に右認定を覆すに足る証拠はない。

しかしながら、訴外合資会社青木鉄工所の前記賃借権は本件土地上に本件建物を所有しその所有権者としての登記の存したことは前記の通りであるから建物保護に関する法律によりその賃借権は昭和二五年二月一一日本件土地の所有権を取得した原告に対抗することができて原告は前主の賃貸人たる地位を承継したと認められ、且つ、右青木鉄工所建物の譲渡を受けた原告成美は特別の事情は認められないから右青木鉄工所の本件土地の賃借権をもあわせ譲り受けたものと解するのが相当である。

そして、原告成美の右賃借権の譲受けについて被告の承諾のなかつたことは当事者間に争がないから一応原告成美は借地法第一〇条の建物買取請求権を有することになるわけである。

而して、成立に争のない甲第二、三号証の各一、二によると、原告成美が昭和三一年一月二七日附、同月二八日附の書面で被告に対し本件建物及び借地権者が権原に因りて土地に付属せしめた一切のものを時価で買取られたい旨の請求をなし右各書面が同月二八日、二九日被告に送達されたことを認めることができる。

しかし、被告は、「原告成美は買取請求権の行使を遅くとも前記浦和地方裁判所昭和二七年(ワ)第二一〇号建物収去土地明渡請求事件の第二審である東京高等裁判所における最終口頭弁論期日までになすべきであつて、右期日後は買取請求権の行使は民事訴訟法第五四五条第二項の規定によつて許るされないと抗争するのでこの点について判断するる。

この点について買取請求権は形成権であつて、その行使によつて、買取請求権の目的となつた建物について売買契約がなされたと同一の効果を生ずるのであるから、買取請求権の行使が、建物収去土地明渡事件の口頭弁論の終結後になされると右の効果は口頭弁論の終結後に生じた原因に基ずくものとして民事訴訟法第五四五条第二項の制限を受けることはないという見解もあるが、形成権の行使は口頭弁論の終結後であつても何等の制限もなく常になし得るとなすのは判決によつて確定された権利について、その訴訟中に形成権を行使してその存否を争うことをなし得た場合にはその形成権を口頭弁論後に行使して請求異議の原因をすることは許されないとする見解を正当と考えるから形成権であるから許容されるとの見解に従うことはできない。

又、口頭弁論終結前に障害なくして提出することを得べかりし一切の抗弁(形成権を含めて)は口頭弁論終結後において請求異議の原因として主張することは許されないが、たゞ、口頭弁論において抗弁を提出するについて法律上の障害があつた場合に限り、口頭弁論終結後にこれを行使してその効果を請求異議の原因とすることができる。而して、建物等の譲受人が敷地賃借権の譲渡または転貸の不適法(賃貸人の承諾を得ていないこと。更新拒絶の正当事由の存否についても同様)であるとの賃貸人の主張を争う場合は、買取請求権の行使に法律上の障害がある場合にあたるから口頭弁論終結後にこれを行使して請求異議の原因とすることができるとの見解があるが、しかし、建物収去土地明渡事件において、敷地賃借権の転貸又は譲渡の承諾の有無が争われているからと言つて、その訴訟で買取請求権を行使することが許されないわけではなく(実際の訴訟においては同一訴訟で予備的に買取請求権を行使して同時に審理判決されている)、従つて法律上の障害があるとなすことは正当ではない。

そうすると建物収去土地明渡事件の口頭弁論の終結後に買取請求権を行使し得るか否かは買取請求権制度が認められた法意と、これを許容することによつて生ずる当事者の利害等を較量して決する外はないと考える。

口頭弁論の終結後に買取請求権を行使した場合にその効果のすべてを請求異議の原因として主張することが許されるとするならば、敷地所有者は建物収去土地明渡の判決を得たに拘らず(本件の如く三審級の審理を経て確定する場合においても)請求異議によつて執行が拒まれ、敷地所有者は改めて建物から退去して土地明渡を求めるために、三重の訴訟をせねばならず(この点が他の抗弁と異なるのである)、而もその間に権利の行使はできないこととなつて、敷地所有者にとつて荷酷なことは明かであり、かかる結果を是認しなければならないとすれば、建物所有者は(転貸又は賃借権の譲渡の承諾を得ていない或はその立証に確信がない悪意者は一層)建物収去土地明渡事件において買取請求権を行使することは愚かな防禦方法となつて不合理である。

しかし、口頭弁論終結後には買取請求権の行使は全く許さないとすることは被告に酷であるばかりでなく、建物を保存させて社会的効用を認められた買取請求権制度の目的にも合しない(最高昭和三〇年四月五日判決参照)。

従つて、買取請求権を行使することは許容される。

而して買取請求権を行使した場合には建物の所有権は買取請求権行使の時に地主に移り、建物所有者は建物の所有権を失う代りに時価による建物代金の請求権を取得する。地主は建物の所有者として、建物を収去することができることは当然であるが、これを強制執行なし得るとなす必要はないし、民事訴訟法第七三三条第二項によつて、債務者の費用においてなすことを許すわけにはいかないから被告の債務は建物収去土地明渡から、建物退去土地明渡と内容が変更されるのである。而してこの両者の関係は建物退去土地明渡は、建物収去土地明渡請求に包含され(大審院判昭和九年六月一五日、昭和一四年八月二四日、最高裁判所昭和三三年六月六日判決参照)その質的一部をなすと解すべきであるから、建物収去土地明渡の勝訴判決によつて、建物退去土地明渡の強制執行をもなし得るし(債務名義の債務者の同一性が認められる限り)、その反面建物の買取請求権を行使したのに拘らず建物収去の強制執行をなすことは、建物退去土地明渡と言う範囲を超えた部分については債務名義の効力は消滅するのであつて、この範囲においては許されず買取請求権行使の効果を請求異議の原因となすことは許されると解すべきである。

しかし、建物所有者は建物の代金請求権を有してはいるが(東京控訴院昭和一〇年一一月八日判決参照)それ以上の効果は、建物の所有者が建物収去土地明渡請求の訴で予備的にでも代金の支払と建物退去土地明渡債務について同時履行の抗弁又は留置権の抗弁を提出しないと同時履行の抗弁又は留置権の抗弁として請求異議の訴では提出できず、代金の支払は別訴でするより外はないと解するのを相当と考える。

右の如き当裁判所の見解によれば原告成美が、昭和三一年一月二七日附、同月二八日附の書面でなした買取請求権の行使は適法であつて、その結果少くとも本件建物について、原告成美と被告との間に昭和三一年一月二八日売買契約がなされたと同一の効果が生じ、その結果、浦和地方裁判所昭和二七年(ワ)第二一〇号建物収去土地明渡請求事件について同裁判所がなした確定判決中原告成美に対する建物収去土地明渡を命ずる部分は建物退去土地明渡の範囲を超えた部分について執行力を排除さるべきでこの限度においては原告成美の請求は認容されるが、留置権を主張して原告等は右判決のその余の部分の執行力の排除を求める請求は爾余の判断をなすまでもなく失当であつてこれを認容することはできない。

よつて民事訴訟法第八九条第九二条第五四八条を適用して主文の通り判決する。

(裁判官 浅賀栄)

物件目録

埼玉県川口市本町三丁目六三番地の二所在

一、木造亜鉛葺二階建店舗兼住宅 一棟

建坪 二二坪五合三勺

外二階 一五坪

登記簿上の表示

家屋番号同所一一九番の九

木造亜鉛メツキ銅板葺二階建 事務所食堂寄宿舎 一棟

建坪 一九坪七合

外二階 一五坪

一、其の敷地 二二坪八合五勺

買取請求物件目録

埼玉県川口市本町三丁目六三番地の二所在

家屋番号同所一一九番の九

木造亜鉛メツキ銅板葺二階建 事務所食堂寄宿舎 一棟

建坪 一九坪七合

外二階 一五坪

実測

木造亜鉛葺二階建店舗兼住宅 一棟

建坪 二二坪五合三勺

外二階 一五坪

(別紙)〈省略〉

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